研究

メンタルヘルス&クライシス・インターベンション研究グループ

メンタルヘルス(精神保健)とは、精神疾患だけでなく心の健康を含む概念であり、クライシス・インターベンション(危機介入)とは、心の危機状態にある人への迅速支援を意味します。メンタルヘルス&クライシス・インターベンション研究グループは、精神科にかかっている患者さん以外にも、国民全体の心の健康問題を取り扱います。例えば、社会のさまざまな領域におけるメンタルヘルス・リテラシー、がんなどの身体疾患における心理的問題や合併精神疾患、緩和医療における患者さんの心理的問題、救命救急センターに搬送される自殺関連行動などが研究対象です。「社会のさまざまな領域…」では、職域のメンタルヘルス、さらに医療者のメンタルヘルスも含まれます。このように、当研究グループの研究領域は、地域精神保健学、産業精神保健学、精神腫瘍学、コンサルテーション・リエゾン精神医学、緩和医療学、精神科救急、臨床精神薬理学、自殺予防学など広い領域を包含しています。現在の実践活動、及び研究は以下の通りです。
・コンサルテーション・リエゾンにおける薬物療法の最適化
・救命救急センターにおけるACTION-Jモデル(自殺未遂者の自殺再企図防止)の実践と普及
・自殺関連行動の危険因子研究
・自殺予防のための地域介入
・地域におけるメンタルヘルス支援ネットワークの構築
・メンタルヘルス教育ツール、および自殺予防教育ツールの開発
・病院内の自殺予防と事後対応システムの開発
・大学・医療機関におけるメンタルヘルス支援システムの構築
・治療抵抗性・難治性精神疾患の病態研究

当教室ホームページに、「WHO 刊行の自殺予防の手引きの正式日本語版(PDF)」を掲載しています。

認知症研究グループ

超高齢化社会において、高齢者のメンタルヘルス対策、ことに認知症のケアは社会的に重要課題となっています。認知症研究グループでは、もの忘れ外来と当科病棟を拠点に認知症患者さんのための最良の医療の提供を行うとともに、以下の各種臨床研究を実施しています。
・認知症の疫学研究
・イメージングを用いたアルツハイマー型認知症、レビー小体型認知症の病態研究
・抗認知症薬の薬効研究
・認知症の早期診断・早期治療的介入のためのバイオマーカー研究

具体的な研究についていくつかの例を示します。

1)アルツハイマー型認知症(AD)の重症度と脳血流低下部位の検討

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2)レビー小体型認知症(DLB)におけるMIBG心筋シンチグラフィーと臨床症状との相関

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3)特発性正常圧水頭症(iNPH)とアルツハイマー型認知症(AD)の鑑別におけるeZISの有用性

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4)レビー小体型認知症とアルツハイマー病における臨床症状、APOE遺伝子多型分布とイメージングとの相関

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精神脳科学研究グループ

研究活動のねらい
精神脳科学研究グループは,感情の障害~意識・認知記憶~社会性の障害等に関わる,種々の精神疾患の病態理解と新たな診断・治療法開発に関する研究を進めている。環境と脳神経回路発達,シナプス機能障害を軸とした変異脳神経回路網の修復と再生をメインテーマに,国内外の先端的研究機関と協力し,成体脳の神経回路再生能を制御する方法に取り組んでいる。
Ⅰ.病態研究 -精神の病をどのようにして解明していくのか?-
1)うつ病 -解明進む神経新生異常の関与-
(国立精神・神経医療研究センターとの共同研究)
近年,神経幹細胞からの神経新生の異常としてのうつ病の病態解明への取り組みが始まっている。我々はこれまでに,気分障害の病態におけるcAMP/CREB細胞内情報伝達系の重要性を報告し,抗うつ薬が,これらの機序に関連して神経幹細胞の分化を促進させること,また,神経幹細胞における脳由来神経栄養因子 (BDNF) の発現を増加させることを報告した。また,うつ病自殺者死後脳における小胞体ストレス蛋白質の増加の報告,双極性障害の病態と小胞体反応系の低下や,気分安定薬バルプロ酸による小胞体ストレス蛋白質の増加。さらに,慢性的な抗うつ薬の投与またはECTによってユビキチン化に深く関与する蛋白の発現上昇などの報告で示唆されているうつ病の病態における細胞内小器官,小胞体の機能異常の報告に着目し,小胞体ストレス負荷時の神経幹細胞の機能変化に対する抗うつ薬の影響について調べ,抗うつ薬の処置が小胞体ストレスによる神経幹細胞の神経分化抑制を軽減すること,並びに,小胞体ストレス関連蛋白質GRP78の発現増強を抗うつ薬の処置が抑制することを明らかとした。
さらに,抗うつ薬が神経幹細胞の神経分化を促進させる細胞内の分子機構について,非神経組織や未分化な細胞に多く発現し,BDNFをはじめ,突起伸展を促進し神経可塑性に関与するSCG10,神経活動に必須とされるⅡ型Naチャンネルなど、多数の神経特異的遺伝子群の発現に関わる転写抑制因子であるNRSFに着目した検討を進め,抗うつ薬の神経細胞分化促進作用に,小胞体の機能変化,およびERKシグナルの変動を介した転写抑制因子NRSFの活性変化の関与が考えられ,これがうつ病の病態基盤に何らかに関わる可能性が考えられ,これらの知見を踏まえ,うつ病と神経新生異常の関連について,共同研究も含めて検討を重ねている。

2)統合失調症 -社会性認知機能障害におけるGABA系interneuron産生異常の関与
(シドニー大学心理学部精神薬理/プロテオミクス研究講座との共同研究)
統合失調症では,幻覚・妄想などの陽性症状の問題に加え,注意,言語記憶,作業記憶,実行記憶,視覚・運動処理能力などの幅広い認知領域が障害されており,これが,患者の職業的・社会的復帰の妨げになっていることが指摘されている。これまでに我々は,精神疾患の認知・行動異常を改善させる脳内メカニズムとして,神経回路網維持・修復効果の重要性の観点から研究を進め,前述した第二世代抗精神病薬が,栄養因子シグナル伝達系の増強と小胞体機能変化を介して“神経細胞保護効果”と“神経新生促進効果”を発揮し,脳の神経回路網の維持・修復を促進させることを明らかとした。近年,生後の脳においても脳室周囲(SVZ)領域で産生され続け,皮質領域,および皮質下領域へmigrateしていることが明らかとなっている。SVZの細胞群で,このような機能を発揮しているものとして,NG2 proteoglycan陽性の細胞が注目されている。NG2陽性細胞は,oligodendrocyte前駆細胞として知られてきたものであるが,近年,成体脳において,一部がGABAergic interneuronとして分化し,皮質側へ遊走していることが報告されている。こうした知見を背景に,我々は,成体脳GABAergic interneuron産生に及ぼす抗精神病薬の影響について検討を進めた。その結果,成体脳においても,oligodendrocyte,およびGABA系interneuronの新生を担っているNG2陽性細胞の分化機能が,NMDA antagonistの処置によって変化し,そのGABAergic interneuronの産生のみが特異的に減少することが示された。NG2陽性細胞は,SVZのみならず海馬でも新たなGABAergic interneuronの新生に関わっていることが知られており,その変異と統合失調症の脳病態との関連が推察された。また,検討した3つの非定型抗精神病薬は,いずれもMK-801によるPV陽性のGABAergic interneuronの分化障害を抑制する効果を示し,なかでも,Olanzapineはoligodendrocyteへの分化も同時に促進させる作用を示したことから,この違いが薬剤の臨床効果の違い,特に,社会的認知機能の回復効果の違いにどのように関わるかについて興味がもたれる。

3)アルコールによる神経新生の異常と神経回路網変異
(札幌医科大学医学部医化学講座/医療人育成センターとの共同研究)
アルツハイマー病における認知・記憶の障害に結びついた海馬・前頭葉の萎縮や,再発を繰り返すうつ病患者,あるいはコルサコフ症候群に代表されるアルコール性健忘症候群における海馬の萎縮に対する,共通した生物学的病態基盤の存在が推察できる。アルコールはBDNFの産生低下などを介して神経細胞そのものの生存を低下させ,神経系に障害を誘導する可能性があるが,一方,我々は,アルコールが脳の神経系に及ぼす影響はそれだけではなく,新たに神経細胞を産生・供給する機能としての神経新生の異常も関与するのではないかと考え研究を進めてきた。初めに,アルコールを神経幹細胞に処置することによって,神経細胞の生存に影響を与える濃度よりかなり低濃度で神経幹細胞から神経細胞への分化が特異的に障害されることを見出した。またこの時,神経幹細胞の増殖や遊走能はそれほどはっきりとした変動を示さなかったことから,この神経幹細胞から神経細胞への分化の抑制という現象が最も特異的なアルコールによる神経幹細胞の機能異常ではないかと考え,神経幹細胞内のシグナル伝達系分子の変化を含め,さまざまな面からの解析を実施している。我々はさらに,神経幹細胞からグリア細胞へ分化についての検討を進め,神経細胞への分化とは全く逆に,グリア細胞への分化が増加することを見出し報告した。この実験結果の生理学的な意義は非常に大きいと考えられた。すなわち,脳内での神経幹細胞の供給が低下し,代わりにグリア細胞が増えることは,長期のアルコール摂取によって脳の神経回路網が修復・改変していく際に多大な影響を及ぼしうることを示すものと考えられた 。加えて我々は,アルコールによって変化する,神経幹細胞において分化の方向性を決定するメカニズムについての検討を進め,神経幹細胞にアルコールを処置した際の核内転写因子NRSF/RESTのDNA結合活性変化を解析した結果,神経細胞に直接的な生存機能の障害を生じさせない濃度のアルコール処置が神経幹細胞の分化決定に重要な転写因子の活性を変化させるという重要な知見を得た。アルコールによって神経幹細胞から神経細胞への分化が減少し,逆にグリア細胞への分化が増強することを示したが,これには,本転写因子NRSF/RESTの活性変化が大きな役割を担っていることが推察され,詳細について解析を続けている。

4)ヒト死後脳を用いたDNAメチル化エピゲノム解析
(理化学研究所脳科学総合研究センター,東京大学分子精神医学講座との共同研究)
精神疾患は,遺伝的要因に加え,環境要因が深く関与して発症に至ると考えられている。しかしながら,長年にわたる遺伝学的研究にも関わらず,多くの精神疾患において,その明確な原因遺伝子は未だ明らかになっていない。そこで我々は,精神疾患とエピゲノムの関わりを探るべく,双極性障害,および統合失調症患者死後脳を用いて,DNAメチル化状態の変異に注目した解析を行っている。特に,死後脳試料を,神経細胞特異的マーカーを用いて神経細胞核と非神経細胞核に分離し,神経細胞特異的な所見として,1塩基単位でのDNAメチル化変異解析を行うなどして,従来法ではつかまえることができなかった,精神疾患の分子生物学基盤情報の特定に迫りたいと考えている。

5)ヒト患者由来iPS細胞を用いた病態解明の試み(新学術領域研究)
(理化学研究所脳科学総合研究センター他との共同研究)
精神疾患研究の難しさの1つには,ヒトの病態をうまく反映した病態モデルの作製が困難であることがあげられる。例えば、統合失調症においては,これまでに,種々の原因候補遺伝子を改変したマウスが作製され,それらの動物ではある程度ヒトの病態に類似した行動を示すモデル群が確認されているが,多くの精神疾患が,複数の遺伝子異常の組み合わせで成り立っているとの近年の大規模遺伝子解析研究の結果は,単一遺伝子の改変動物を用いるだけでは,より高い精度でヒト精神疾患の病態解明研究を進めていくことに限界があることを示唆していると考えられる。そこで私たちは,文部科学省のプロジェクトにおいて,ヒト精神疾患患者から作製した iPS 細胞をマウスに移植することよって新たな精神疾患病態モデル動物を作製しようとする試みを始めている。ヒト患者の体細胞より作成したiPS細胞から,神経系の細胞に分化を進めた neurosphereを得て,これをマウスの脳内や胎児頭蓋内,および末梢静脈内に投与する方法で移植し,移植した動物の脳神経回路網の変化や行動異常を解析していこうとしている。加えて,同時に iPS-neurosphere を用いた in vitro 解析を実施し,うつ病や統合失調症患者由来の神経系の細胞の脆弱性や,発達の異常につながる細胞病態の発見,そしてそれを是正する新薬ターゲット候補の特定等を目指した研究を進めている。

Ⅱ.新たな治療法開発 -精神疾患を根っこから治したい-
(薬物+細胞療法による精神疾患の脳神経回路網修復の可能性)
治療薬が,精神疾患患者の社会性・認知機能障害の改善効果を有することが明らかとなっても,臨床においては,薬物療法や,さらには電気痙攣療法にも反応性の乏しい難治症例に対する有効な対処法はほとんど存在しないという現実がある。こうした問題に対して,我々は,精神疾患の脳で生じた神経回路異常をより直接的に修復する目的で,細胞を用いた再生医療的方法の可能性について検討を続けてきた。胎生期にストレスを曝露させた精神疾患モデル動物を用いた検討では,胎生期の一定期間にストレス(アルコール,poly I:C等)を加えた病態モデルに,(蛍光およびRI)標識した神経幹細胞を経静脈的に投与し,細胞投与による行動障害の改善効果について評価を行い,モデル動物における記憶・認知機能,社会コミュニケーションの機能異常と,神経幹細胞を投与した群におけるその改善を明らかとしてきた。また,精神疾患の脳で生じた神経回路変異を,障害領域に特異的に移行する性質をもった細胞(幹細胞)と,既存の神経細胞の生存機能を上げ,かつ内在性の神経新生能を促進させる処置(薬剤・運動・リハビリテーション)の両者を組み合わせることによって,より効果的に修復・再生する方法を確立しようとする試みを続けている。